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2005年06月28日

首無し馬

私は城南高校卒業後、大学進学の為、県外に出た。
時間の歩みは早い。
あっという間に20年という歳月が流れてしまった。
…あの頃から、徳島も随分と変わった。
一人感慨にふけってしまうのも年令のせいだろうか。
(随分と、おじさんになってしまった)
そう想いながら、私は密かに…ほくそ笑む。

それにしても、この20年間で帰郷したのは、5回程である。
いづれも、結婚式・葬式など冠婚葬祭がらみであり、骨休みなど一度もなかった(笑)
私はいつまで、馬車馬のように働き続けるのであろうか。
ハードな執筆活動の中、今でもふと徳島の濃い空間を思い出す事がある。

昭和51.52年の頃であろうか。

そう、あれは小学校高学年の時だった。
当時、八万小学校に通っていた私は奇妙な噂を耳にした。

「ソノセ川沿いの一本松に、首無し馬が出るんぞ」

噂の発信元である友人某は額に汗をため力説した。
「これはな~ほんまの話やけんな」
「うそ~そんな妙な話が、あるかいな」
私は鼻で笑った。

当時既に妖怪博士と異名をとっていた私だったが、この昭和の時代に妖怪話などありえないと思っていたのだ。

それから一週間ぐらい経った時の事。
私と友人某は一本松に張り込みを開始した。
だが、何も出なかった。
「やっぱ馬の妖怪なんかおらん」
「ほんまやな~迷信かいな」
その日はすっかり科学小僧になり、二人は帰宅した。

更に2年ぐらいたった夏。

私はボーイスカウト徳島第一団の団員としてキャンプに参加した。
野営地は、ソノセの河原。
あの一本松が見える場所である。
(なんか、いややな~)
と私は思ったが、テントの設営は粛々と進行した。
しばらくすると、排水路を掘っていた後輩が大声をあげた。
「うわー、なんやろ、これ」
後輩の手には 馬の土偶が握られている。

得もしれぬ恐怖が私を襲った。
(馬って、、、一本松に出てた馬の妖怪って こいつかもな)
私はしばらく土偶を見つめていた。
土偶が死者を供養する為のものと知ったのはちょうどその頃である。

偶然のおりなす恐怖、アンバランスな不安。
妖怪とはこういうものだ。
私はそう教わったような気がする。

投稿者 johohiroba : 15:03 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月24日

おたゆうさん

現在、安部晴明がブームである。
映画では、狂言師の演じる華麗な陰陽師が活躍し、ドラマでは若手アイドル扮する陰陽師に若い女性の耳目が集まった。
いづれも、見栄えよくカッコ良いのが特徴である。
‥現在でも、陰陽師は存在する。

と言っても、テレビで、いかにもそれっぽい祝詞をあげて、真似事(?) をしている某氏の事ではない。
現実に晴明以来の流れを受け継ぐ正当な後継者は北陸に存在する。
土御門と名称を変えて、安部家は北陸の地に根づいていたのだ。
当然、陰陽道を受け継いでいる。
しかし、ながら歴史上数回の断絶により、その内容は平安時代の黄金期の片鱗さえ見ることができない。
どうも後世に流入した密教の影響を強く受けているようだ。
ある学者は逆に民間に流失した陰陽道の一派の方がその霊脈を受け継いでいるという。

奈良・平安以降、いやいや卑弥呼の時代から呪術は施政者の武器であった。
言い換えれば、テクノロジーともいえよう。
呪術を独占する事で、政府や権力者は民衆を操作し、懐柔した。
つまり、集団催眠には最も効果的な技術であったのだ。
だが、民衆も馬鹿ではない。
権力が隠匿する呪術体系を度々盗み出し、民衆側の技術に取り入れていった。
その民衆側の呪術技術者が俗に言う民間の陰陽師であり、同時に後世において忍者と呼ばれる集団の先祖となった可能性が高い。

さて、その民間陰陽道は四国にも渡来している。
最も有名なのは、高知のイザナギ流であるが、徳島にも似た流儀を行う一派があったと聞いた事がある。
少年時代に祖母に一度聞いただけであるが、その陰陽師は「おたゆうさん」 と呼ばれ、狐憑きを落としたり、未来の卦(け)を占ったりして生業を立てていた。
某町の某家にキツネが憑いたときなど、憑かれた本人が天井まで駆け上ったり大変な騒ぎとなったが、 おたゆうさんが祈ると一発で落ちてしまったと伝え聞いた。
今はそんなおたゆうさんの噂も聞かない。

いよいよ民間の霊脈も絶えてしまったのであろうか。

投稿者 johohiroba : 20:43 | コメント (0) | トラックバック

おっぱしょ石 その2

おっぱしょ石はその後再びしゃべる事はなかった。
あのおばさんの冗談なのか。それとも妄想であったのか。
今となっては不明であるが、あの奇妙な夜の事は忘れられない。

-それからしばらくしての事である。

昭和50年代の初頭だったと記憶しているが、いや…定かではない。
おっぱしょ石で、ある事件が起こった。
おっぱしょ石に落雷が落ち、真っ二つに割れたのである。


伝説上では、通行人にしゃべりかけ、侍(異説では力士)におんぶされた後、放り投げられて割れたはずである。

二分割された石がなぜ完成体で、今もあるのか。
それが、かねてから私の疑問であった。
その為、子供心におっぱしょ石に割れ目がないのが納得いかなかったのであるが、実際に割れてみると、これまた不気味この上なかった。 リアルすぎるのだ。
しばらく、おっぱしょ石の断片は本体に立てかけられた状態で放置されていた。
ちょうどその頃、誰が言う事もなく、近所の子供たちの間で奇妙な噂が立ち始めた。
”おっぱしょ石の前を通る時に雷が光ると切り傷ができる”
この噂は私にとってこの上もなく恐ろしかった。
祖母の家から叔母の家に行く場合、必ずおっぱしょ石の前を通らざるえないのだ。
そして、間違いなく私はお使いで”あの道”を歩かせられるだろう。
ある夜、私は祖母の使いで叔母の家に向かう事になった。既に空には雷光が輝いている。
いやな予感がした。こう場合、私は妙にタイミングがあってしまうのだ。
私が恐る恐るおっぱしょ石の前を通過しようとした時、雷が鳴った。
一瞬周囲が昼間のように見えた。やばい。私は恐怖のあまりその場にうずくまったが、
そのまま駆け出し叔母の家に向かった。叔母はやさしく迎えてくれた。
どうやら私に切り傷はない。やはり単なる噂だったのか。
私は安堵し、叔母宅で使いの用事を清ますと祖母の家に引き返そうとした。
ふと叔母の手を見ると包帯を巻いている。
「どうしたの?」
私がなにげなく聞くと、叔母は苦笑いしながら答えた。
「さっきの稲光でおどろいて手を切っちゃったのよ」

非常に恐い体験であるが、この話は後に講談社「学校の怪談7」に収録される事になる。

なお、この本が私の商業誌デビューの記念すべき最初の1冊目である。
後に「妖怪進化論」で学研ムーミステリー大賞を受賞する事につながり、プロへのきっかけとなるのだから、人生はわからない。

なお「学校の怪談7」の裏表紙の見開きには本名の間(はざま)という私の名前が見えるのだが、 収録された話が少々オーバーになっており、私が失神した事になっているのには苦笑させられた。
このように自分の怪異体験に尾鰭がつく事が一番”妖怪じみた話”なのかもしれない(笑)

投稿者 johohiroba : 20:36 | コメント (0) | トラックバック

おっぱしょ石 その1

昭和41年、私は徳島市の二軒屋に生まれた。
当時は空襲を免れた戦前からの屋敷も多く、古い町並みが子供心にも不思議な感覚を抱かせた。休日に両親と買い物に出かけると、 老いた戦傷軍人が街角でアコーディオンを弾く姿が見られ、郊外の空き地では、子供たちがウルトラマンごっこに興じていた。
そして、日本は高度経済成長を迎える。
…昭和と呼ばれたあの時代。
僕らの周りにあった”不思議”はどこにいったのか。
まだ戦争が終わってから20年しか経ってなかった。

 あれは昭和40年代末の事である。当時小学生だった私は、祖母の家に泊まっていた。

既に両親は新興住宅街に新居を構え、週末だけ私は祖母の家に泊まるのが習わしだった。 当時花屋を営んでいた祖母の家には、日々大勢の花売りの老婆が出入りし、祖母は花の卸しを行っていた。
そして酷く暗い夜だったと記憶している。
祖母が店を閉めようとしていた時の事。一人の女性が店に駆け込んできた。
常連の女性である。息が乱れていた。
「まあ、そんなに慌てて どないしたん」祖母が女性に話しかけた途端。
「今、おっおっぱしょ石がしゃべった」 確かに女性はそう言った。
「そんなアホな話があるかいな~」祖母は笑って相手にしなかった。

「おっぱしょ石」とは現在も徳島市二軒屋町にある史跡で、かつて夜毎、通行人に 「おっぱしょ~(おんぶして)」と呼びかけたという伝説が残されている。
いぶかしむ祖母を尻目に、女性は真面目な顔で続けた。
「さっき、おっぱしょ石の前で、昔なー、ここではおっぱしょ、おっぱしょという声が聞こえたんよ~って、話を知人としてたら…」
「そしたら、どうなったん?」せかすように祖母が聞く。
「おっぱしょ石のあたりから、まだおるよーって声が聞こえたんよ」
女性は吐き出すように、語り終えた。
唖然とする祖母。奇怪な話に横にいた私もなまつばを飲み込んだ。
まさか、おっぱしょ石が復活し、しゃべったというのか。
子供心にもその女性の体験談に興味を持った。
しかし、当時既に妖怪少年であった私は、水木しげるの妖怪図鑑にのっていた話と今回の体験談が酷似している点に気が付いた。
つまり、この”かつての妖怪伝説を語る人間たちに、妖怪自身がまだおるよ~”と叫ぶ展開は妖怪「油すまし」の出現パターンである。
何故、「油すまし」と「おっぱしょ石」の人間をおどかす手口が酷似しているのか。
これは冗談だが、妖怪が人間をおどかす時に使用する手順書のようなものがあるのだろうか。
かと言ってこの女性が妖怪マニアで、「油すまし」の話をもとに「おっぱしょ石の復活妖怪談」を創り上げたとは思えない。嘘にはみえなかった。
油すましのネタと、かぶってるで、おっぱしょ石さん!といろいろ考えているうちに。
「妙な話やな、ちょっと調べてみるで~」
はっと思いついたような顔をした祖母は、近所にすむ親戚の者を呼ぶと、女性とおっぱしょ石周辺を探索に行った。
しかし、その夜は何も発見されなかった。

投稿者 johohiroba : 20:29 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月22日

山口敏太郎さんのプロフィール

当サイトのライターである山口敏太郎さんのプロフィールをご紹介します。

山口敏太郎 
1966年生まれ 四国徳島市出身、現在船橋在住。ライター、イベント企画などの分野で活動中
昭和レトロ商品博物館の職員でもあり、ネット上のビジネスモデル構築を長く仕事とする。
執筆の分野は妖怪・心霊・都市伝説・UMAなどオカルト分野を始め、格闘技・プロレス・節約まで。
仕事の依頼は下記までお願いします。
cocopuri@crocus.ocn.ne.jp

投稿者 johohiroba : 15:11 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月20日

ようかいづくし 花山院(KAZANIN)

img021 ようかいづくし「花山院」。とにかく妖怪の内容が豊富な、 そして美しいサイトです。妖怪好きな人必見!!

投稿者 johohiroba : 15:01 | コメント (0) | トラックバック

水木しげる記念館

img004 漫画家にして妖怪研究家、冒険旅行家でもある水木しげる。
水木しげる記念館は異才の魅力と作品の集大成として
平成15年3月8日水木しげるの81歳の誕生日に開館いたしました。

投稿者 johohiroba : 14:52 | コメント (0) | トラックバック

南斗のレイ心霊研究所

img025 管理人の好きだった霊能者(違うかな?)池田貴族さんが亡くなられた後に、 氏の意思を受け継いで制作された。心霊の真実について追究しています。

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Mystery-Search

ミステリーサーチ 不思議・神秘・占い専門サーチエンジン。 現在登録サイト1377サイトを誇る強力サーチエンジンです。

投稿者 johohiroba : 14:39 | コメント (0) | トラックバック

『あ~るたいぷ』

あーるたいぷ 『嗚呼流台風』と書いて『あ~るたいぷ』と読む、、、
当て字好きの族のような独断と偏見に満ちた超個人的情報公開頁です。
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投稿者 johohiroba : 14:33 | コメント (0) | トラックバック

山口敏太郎の不思議ワールド「ブログ妖怪王」

不思議な最新情報はこちらにお任せ!!世の中の、放っておけば流れて忘れ去られるような事件を取り上げます。
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou

投稿者 johohiroba : 14:17 | コメント (0) | トラックバック

妖怪情報サイト~妖怪王

youkaioh ご存知、当サイトのメインライター山口敏太郎氏の主宰する妖怪情報サイト。 本の執筆からイベントまで広く手掛けるマルチな活躍を見せています。

投稿者 johohiroba : 13:54 | コメント (0) | トラックバック